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第12号 死後の経験 (2012.12.冬至)

間接的に検証可能な死生観


12号 ― はじめに 『 私の死生観 』    12号 ― 20話 『 死後の経験 』より 抜粋

○私の死生観
「死んだらどうなるのか」これは、宗教者のみならず、人間誰しもが抱いてきた疑問である。この問いに対して、「死んだら無になって終わり」、「神の国で永遠の命を与えられる」、「また人間に生まれ変わる」など、多くの"回答"が提示されている。
それらには提示されるだけの理由があるのだろうが、なにしろ実際に死んで生き返った人間がいないのだから検証する術がない。これゆえ、どの死生観もどんぐりの背比べに過ぎず、思い込みの域を出ないと言われても、反論できない側面を持っている。

では私の死生観はどうなのか。その最大の特徴は、間接的に検証可能ということだ。私の死生観は、深いココロの構造を知る自らの経験に端を発し、死の向こう側にある世界を垣間見ながら、「観」として整えられてきた。
その見解を基盤にして、数々の公式や理論が生み出されたが、それに則って未来の環境を予測すると予測通りの出来事が起き、心の状態を推し量るとこれも外れないのだ。これが間接的に検証可能ということである。
これらのことから、私が身に付けた死生観は、認識の過ちが若干あるにしても大筋において正しいと考えるに至っている。

○死から次生(じしょう)へ
 私は「精神活動の一部は、死後、次の生に引き継がれていく」ととらえている。つまり、人間は死んだらそれで終わりではなく何かが引き継がれるという、「輪廻転生(てんしょう)」の考えをとっている。
こういう考えは、10代の後半に経験した瞑想経験に端を発している。私は、ふとしたきっかけで無意識世界に足を踏み入れ、そこで様々な体験をすることになった。このあたりについては著書の中で繰り返し述べている通りだが、その後、輪廻転生というものが存在するかどうか、存在するとすればどのようなものか、自身の経験を土台に、文献による検討やリーディングデータによる検証を加え、死生観や輪廻観ができあがったのである。

 我々に死が訪れたとき、肉体はもとより、意識(表層意識)による精神活動はすべて停止し、五感やイメージの働きも滅んでしまう。では死によって何もなくなってしまうのかというとそうではない。生前の経験や行為などの記憶はデータ化され、超潜在意識と呼ばれる深い潜在意識に澱のように蓄積されていく。このデータとココロの最深部の働きとの2つが、次生に引き継がれる。
私はこれを「魂」という言葉で呼んでいる。つまり、魂が、死→(中陰)→次生へと引き継がれ、そこに肉体や表層意識が備わって新たな世界に誕生し、次生での生活が始まる。

 これが私の死生観の概略だ。


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